博士号取得までのタイムライン:入学から博論提出、審査までかかる時間
博士号を取得しました。博士課程入学からPhD授与までのタイムラインを記録しておきます。類似の情報があまり見つからなかったので、参考になったら幸いです。
とりあえず強調しておきたいのは、論文提出後の審査プロセス(審査員選定・依頼→口頭審査→審査レポート→必要に応じて修正・提出→承認)に時間がかかるというところでしょうか。審査日の都合により、博論提出を当初の予定よりも3か月ほど遅らせることとなりました。推敲する時間が得られたのはよいことですが、次の仕事の為に今年3月末までに博士号を取る必要があったので結構ドキドキしました。執筆中よりも胃が痛かったかもしれません。幸い審査員の先生方が非常に協力的だったので何とか間に合いました。
逆に執筆自体はそれほど時間がかかりませんでした。一つには入学までにある程度知識の蓄積があったことと、加えて博論の字数制限が比較的短いこと(10万ワード)が要因です(結局2万ワードくらい削りました)。もっとも事例中心ではなく理論的な議論が中心だったらもっと大変だったでしょう。
執筆については、本文部分よりも、イントロや結論にあたる章を最後に書いていく中で、長い論文全体を一つの一貫した議論にまとめ上げていく作業が大変でした。経験がなかったので当然ですが。
以下記憶で書いているので少しずれがあるかもしれません。
2021/9 入学
2023/1 アップグレード試験(Viva)→執筆開始
2024/4? 審査員(2名)に内諾を取り始める
2024/12上旬 博論提出
2025/1末 口頭審査→「修正付き合格」(口頭で通知)
2025/2 審査から約2週間後、正式に審査レポート・修正指示を受け取る。
→約1週間後、修正論文提出
→数日後、審査員による承認
→最終手続き
(2025/2末 博士号授与)
2025/3上旬 博士号授与通知
何はともあれこれで「イギリス博士留学」は終了です。
せっかくなので博士課程の所感を書いておきます。そのうちもっと詳しく書くかもしれないし書かないかもしれないです。
まずはとにかく大変でした。イギリスは寒いし暗いし。冬には16時くらいには真っ暗になってしまいます。学校でピアノを弾いてから、よくシューマンを聞きながら暗い夜道を帰ってきたのを記憶しています。夏のからっと晴れた日々も記憶に残っていますが、留学全体の印象はそんな寒々とした夜道です。
(ちなみにエアコンが部屋にないので夏には窓を全開にします。外の公園から人々の声が風と共に通り抜けるのはなかなか気持ちが良いです。うるさすぎる時や暑すぎる時を除けば。でもそうしたからっとしたオープンさみたいなものは、人柄も含めて、日本にはない、ロンドンならではの空気感で、心地よかったです)
終身雇用のポストに就けていない今もそんな暗い夜道をさまよっているような状況ではありますが、一方で博士課程を終えた今、山をのぼり終えたような爽快感もあります。博士中は早く雑誌論文を出さなければという焦りがありました。なぜならそれが日本での一般的な作法だからです。しかし、指導教官からは常に落ち着くようにアドバイスされてきました。英では一般的にまず博論でそれから出版のことを考えるからです。
この方針は自分にはうまく作用しました。自分の研究全体を俯瞰できるようになった今なら、論文や単行本を一歩ひいて計画できるような気がします。研究の全体像を手でこねられる実感があるというか。そういう点では、憧れだったジャーナルや出版社にもう少しで手が届くかもしれないという手ごたえみたいなものもあります。
同時に執筆・出版という営み自体も考え直していかないとなあと思います。そうしないとルール通りにやるただのゲームになるので。
もちろん言うには易しなのでこれからいろいろ試していく必要がありそうです。
博論を書く…大学での論文執筆法教育
気がついたら前回の更新からずいぶんな時間が経ってしまった。
この一年ちょっとは本当に盛りだくさんであった。
学業に関わる部分でいうと、一生のうちに一番文章を多く書いた気がする。博論だけではなく、奨学金のプロポーザルも含めて。学会や一般向けの記事の執筆もあった。
これまでで公私含めて色々と環境が変わったが、何よりも博論提出の目処が立っていたことが大きい
そういう意味では、去年の1月にアップグレード試験突破=研究計画の策定をした、と考えると、約1年4ヶ月で随分と景色が変わったなあと思った。
というわけで、最近はひたすら博論を書いている。今日は「書く」ということに関して、今所属している大学の教育についてメモっておきたい。
今の大学には修士からいるが、研究に関する色々な技能の中で、書くことについてきちんとした知識を付ける事ができたのは、今の大学にきて良かったと思う要素の1つだ(ここで「書く」と言ってるのは英語で論文を書くときの話だけだ。だからこのブログが悪文であることは見逃してほしい。)
まず自分がそれまで普通大学に通ったことがないというのもあるけれど、ここの大学に入ってからは、まず、授業で書き方を学ぶ機会が多く準備されていることに驚いた。
それは非英語話者が、それなりの英語の文章を書くためのものも含む。IELTS とかで学ぶようなパラグラフライティングみたいな基礎を学ぶ。それは基本的に必修ではないが修士の留学生の多くは取ると思う。
修士で学んだことで言うと、授業課題のレポートの採点基準が明文化されており、基本的にそのフォーマットに従って書くことも、論文の基礎を学ぶうえで非常に役に立った。
博士課程でも、修士と同じようなかなり基礎的な授業もあるが、とくに博論に関しては、調査・執筆から提出、そして、Viva(口頭試問)に至るまであらゆる側面で必要になる技法を学ぶ授業があり、興味に応じて履修することが出来る。
最近特に役に立ったのは、Macro-editing 、すなわち、一旦博論の下書きを書き終わった後に、提出できる形にまとめ直す作業に関するものだ。
具体的な技法を説明することはここではできないが(秘匿してるのではなくて単に書くことが多すぎて)、一般論として、編集自体がクリエイティブな発見に満ちたプロセスだという教えは、退屈に思える作業を楽しみにするもので良いと思った。
また、勿論、担当教員はライティング教育の専門家であり、きちんとした資料に基づいている。決して単なる主観的な経験論ではなく、根拠に基づいた指導がなされる。そして、関心に応じて紹介された資料を自分で掘り下げることも出来るようにデザインされている。
授業に加えて、とても良いと思ったのは、ライティング専門の指導員に個人指導を受けられることだ。この指導員とは指導教官ではない。おそらく図書館が主体となり、雇っているのだが、劇作家やノンフィクションライターなどフリーランスの著述家が担当となっている。
私がこれを体験したときはノンフィクション作家の方が担当であった。博論の下書きをその場で丁寧に読んだうえで色々とアドバイスをしてくれた。特に印象に残っているのは、「音楽を扱うならば、もっと活き活きとした描写が必要なのではないか?」というものだ。
学術的な文章というのは往々にして、主張を端的に、かつ、厳格な表現で示すことを目指しがちである。だから、ここでも論理の破綻とか文法間違いを指摘されると思っていた。
しかし、この方の感想は真逆で、私の文章は情報が詰め込まれていて、たしかに正確であるが、息が詰まるというようなものであった。こういう視点は指導教官からはなかなかもたらされないので貴重であった。そして、書くことの楽しみをより豊かにするものであった。(慌てて付け加えねばならないが、指導教官に文章力がないと言いたいのではない。素晴らしい文章を書く。しかし、博論の指導では別の部分が優先されると言うことだ。)
学校の教育とは話題がずれるが、最近ずっと申請書を書いていて、久しぶりに論文に戻ったら、なんと締まりの無い、そして、力のない文章だと思った。申請書を書くときは、大事なポイントを際立たせて、自分はこんなに素晴らしい、だから採用してくれと訴えようとするものだから。
申請書と同じではないけど、論文は基本的に意思伝達の道具だから、そういう何かを訴えようとする気持ち、力が必要だ思った。ただ説明するのではなく。活き活きとした描写もそのための武器となるだろう。
そういう意味では、少し前まではいかに長い文章を書くが課題であったが、今は逆に、如何に書かないか(如何に焦点を絞るか)が大事だと思うようになった。
話がずれてしまった。
今回は大学でのライティング教育について書いた。ちなみに言うと大学教育だけが学ぶ機会と言いたいのではない。自分で読んだ色んな本や、ユーチューバー、配信者の英語も自分の糧となっている。
というわけで論文の執筆法は基本的に学んでいくものだ。そのことは勇気づけられるが、一方で、学べるものはきっといつか、あるいはすぐ、忘れる。だから慢心せずに学び続けていきたいと思った所存です。
イギリス博士の第一の関門・アップグレード試験
アップグレード試験を終えた。
アップグレード(PhD Upgrade Viva)は、イギリスで博士号を取る際にまず立ちはだかる関門だ。基本的には、研究計画などを提出し、在学期間中にきちんと博論を書き上げることが出来るかを見極めるための試験である。
これに合格して初めて、博士論文のための調査と執筆を行うことができる(実際的には以前に調査を開始しているかもしれないが)。恐ろしいのは、逆にこれをパスしなければ博論を提出することはできないことだ。論文を書いたとしてもMphilという修士号にあたる学位しか得られなくなる(その期限は、自分の学校の場合、フルタイム学生では基本24か月)。
今回試験を受けた2023年1月は17か月目にあたる。自分の学校ではフルタイムでは「18か月目以降」を目安にアップグレードを受けることが推奨されているので、ほぼ平均的な進捗といったところだろう。
試験内容(提出物)
試験は提出物と面接での質疑応答によって構成されている。
①提出物
提出したのは、「博論の要約と章立て、および、調査・執筆計画」、「先行文献レビュー(5000 words)」、「サンプルチャプター(7500 words)」。
基本的にはそれぞれ一か月から二か月くらいかけて準備した。といっても入学した直後から文献レビューは行っていたし、こまめに論考を書いて指導してもらっており、それらを部分的に今回の提出物にコピペしたりしたので、実質的には入学以来、一年半かけて準備してきた、と言った方が正しい。
脱線してしまうが、研究計画を練るうえでは、ちょいちょい書いていた奨学金・助成金への申請書がとても役に立った。そうした書類は、簡潔に内容をまとめつつ、必ずしも自分の研究分野に明るくない人に対して、わかりやすく、かつ、内容が「面白い」と思ってもらえるように書く必要がある。このプロセスを経て、かなり、研究テーマと目的がまとまった。多分業績バリバリの方々は(優秀だということはあるだろうけれど)こういうフィードバックループのような経験が活きているのだと思う。というわけで、もっと助成金とかには忙しくても積極的にチャレンジしていきたいと思った。
②面接
これらの提出物をもとに二人の審査員との面接(質疑応答)が行われる。これもおそらく大学・専攻によって異なるが、自分の場合は二人とも、学内の音楽部所属の教員であった。
先述の通り、研究遂行能力の審査なので、問題設定、方法論、先行研究への位置づけ、主張が論理的であるかどうかが主な焦点となる。
基本的な流れとしては、まず、研究の概要を端的に口頭で説明する(ちなみに提出した資料は持ち込める)。その後、それぞれの提出物について、質疑が行われる。
こうした性質上、この試験は博論を書くための能力を見る試験であると同時に、博論提出後の審査(ディフェンス)の予行練習的な意味も兼ねている。その意味では、それぞれの提出物の弱点や問題点について、適切なコメント(それらをいわば正当化するような)をすることが求められる。
面接を終えての感想
時間をかけ、指導教官との面談も十分に重ねた上で挑んだので、提出物のクオリティーはそれなりに高いものにすることが出来たが、それよりも面接官の先生方がサポーティブだったので何とかなったという印象であった(緊張し言葉が詰まった際に、「私たちはあなたの論文執筆をサポートするために来ている。だからリラックスしなさい。」という言葉をかけていただいた)。博論審査と同等の厳しさであったら通過しなかったかもしれない(もっとも、その場合、むしろ通過する学生の方が少数であるだろうが)。
指摘された内容について詳細は省くが、一番自分にとって重要だと思ったことは、「読者を考える」ということだった。
修士で今の大学に来てからずっと「誰にでもわかるように書け」と言われてきて、ずっと心掛けていて、そのために今回も下書きを何度も内容面、表現面の両方で推敲したけれど、まだ足りなかった。
今回の論文では日本の事例も扱ったのだが、例えば「昭和」という単語一つとってみても、その表現が絡む政治的な文脈やその問題、また、そこに日本人が想起するものなど、自分にとっては当たり前すぎて、もはや無意識の領域にあるようなものが、いかに、文脈を共有しない読み手に取って理解を妨げるものであったかということが今回指摘され改めて実感した。
もちろんそうしたこと(つまり、どういう読者をターゲットにして、自分と読者が何を共有していて、何を共有していないか)を考えるのは、調査を終えて、それをもとに文章を「書く」という段階だから最初に気にすべきことではないのかもしれないが、物を「調べる」という段階から、何を無意識に、当たり前に捉えているか、ということにもっと注意を払わなければならないと思った。
また、それと関連し、言葉のチョイスが時に曖昧であることも指摘された。これは英語力(特にイディオムの理解)とも関連するので、必ずしも自力だけで乗り越えられる問題ではないかもしれないが(そのために文章校正の相談ができる無料サービスが学内にあることを今回初めて知った)、書くべきことをより明確にすることで大部分を克服、または少なくとも改善は可能だろう。時間だけが問題になるだろうが。
というわけで、いよいよ「イギリス文系博士への道~第二章(論文執筆編)」に進みます。
サンデーローストのこと
最近、よく一人で外食するようになった。
理由は、料理がめんどくさい、というのはもちろんなのだが、イギリス飯も意外においしいということに気づいたのも大きい(ちなみに日本基準だとかなり高い。慣れてしまったが。)。
日本人がよくイギリス飯がまずいと言うのは、まず、日本の食が恵まれすぎている、というのはあるけれど、そもそも料理に対するスタンスが違うというのもある。
イギリス飯は基本とにかくシンプル。素材の味を活かす、というレベルを超えて、素材自体を味わうという感じに近いかもしれない。
味付けは薄目。足りない場合は自分で塩コショウなり、ケチャップなりつけてね、という感じになる。
(自分が行かないような高級な店では事情は違うかもしれないがわからない)
その典型がフィッシュアンドチップス。
イギリスを代表するイギリス飯のように語られるが、実際は衣をつけて揚げた魚と挙げた芋で、味も揚げた魚と芋そのままの味だ。塩はあらかじめ振ってあるが、お酢、ケチャップ、タルタルなど、味付けは自分でする。
でもシンプルだからと言ってまずいかというと、美味しい。最高級の魚であるとかそういうことはないのだが、普通においしい。
そして最近、外食をよくするようになったのは(これがメインの話なのだが)シンプルゆえに、店によっていろいろなバリエーションがあることに気づき、それを探求したくなったからだ。
フィッシュアンドチップスについて書いてきたが、今回はサンデーローストについて書く。バリエーションが最も豊富だと思われるからだ。
サンデーローストとは、その名の通り、日曜日だけパブやレストランで提供されるロースト料理のことだ。普通は牛肉、豚肉、鶏肉、時に羊、そしてベジタリアン向けのもの(後述)が提供される。メインの他に野菜と、ヨークシャー・プディングというシュークリームの外側みたいなものが付け合わされる。グレイビーソースがかけられている。
いくつか食べたものを紹介する。

(オリジナル画像をなくしてしまったのでインスタのスクショ。低画質。)
Old Red Cowという有名なお店。日曜日以外にも提供している。牛。
初めて食べたサンデーロースト。肉肉しくてなかなか噛み切れなかったことと、量がものすごかったことが記憶に残ってる。野菜は蒸し野菜っぽかった。

これは大学近くのThe Fat Warlusという店。牛。
ソースがとにかく薄味で、塩コショウしまくったのを覚えている。
野菜が美味しかった。サヤインゲンが入っているのが珍しい気がする。
上の店が記憶にあったので、正直、物足りなさを感じた。

サウスバンクセンター近くのMulberry Bush。鳥。
野菜が少し変わっていて、左の方にみじん切りでネギ的な野菜やら何やらが色々ミックスされている。

これがうまい。鶏肉に乗っけて食べることで飽きずに楽しめた。ネギと鶏の組み合わせは強い。
上の方のニンジンとスクウォシュ?のマッシュも美味しかった。

これは大学から徒歩30分ほどにあるThe Talbot。ベジタリアン向け野菜のウェリントン。
ウェリントンとはパイ包みのことで、右上にあるやつがそれ。元は牛肉なのだが(めちゃくちゃおいしい。しかしなかなかの高級品でまだ一回しか食べたことない。)、これは野菜になっている。スクウォッシュが基本なのだけどこの店では、それに加えて、きのこ(「マッシュルーム」)、木の実(「チェスナット」)のミックスになっている(括弧付きで書いたものが日本語で言う、どの食材にあたるのか自分の庶民舌では判断できない)。ちなみにスクウォッシュはここではよく料理に使われているが、さわやかなカボチャみたいな味がする。

これはなかなか複雑な味わいで美味しかった。ソースに醤油ぽさも感じた。ロンドンでだったらベジタリアンという選択肢も日本より身近なのかもしれないと思った。
以上がこれまで食べたサンデーロースト。
これだけでも基本の型があるのにバリエーションが広いことが伝わると思う。
これからもちょっとずつ紹介したい。
学内の奨学金があるのはいことだけど、めっちゃめんどくさかったという話
ある海外の学会に出るために申し込んでいた学科の奨学金に通った。
(学会の査読結果が出てないので実現するかはまだ分からない)
金額としては航空券の片道すら賄えない程度であるが有り難い。
しかし、この奨学金の申し込み、結構面倒だった。
まず、奨学金の詳細ページにアクセスできずに、大学の技術担当に連絡して調整してもらう必要があった。(この大学では珍しいことではない。残念ながら)
さらに予算を計算する必要があったが、海外に行く場合、旅費は指定の代理店を通さなければならない。そして、この指定の代理店がどこなのか、大学のウェブサイトでは探した限り見つからず、またまた奨学金の担当者に直接聞かなければならなかった。
そしてその代理店もskyscannerなどのようにすぐに検索できるわけでもなく、会員登録をする必要がある。
…と、終わってみれば大したことないが、なかなかの煩雑さで途中で投げ出したくなった。
申請書はまあ普通の感じだったが(プロジェクトの内容、目的、予算など)、ユニークだと思ったのは「このプロジェクトが本学科の存在感をアピールするためにどう貢献しますか?」というもの。
おそらくこれに備えて、ウェブサイトには学科のポリシーをまとめたドキュメントもあったので、それを踏まえて、自分の研究がこの学科の伝統の一部であることや学会への参加が国際的ネットワークを広げるために役に立つみたいなことを書いた。
自身の研究が所属機関にどう役に立つかという意識は日本の大学(少なくとも出身大学)では希薄のように思えるが、(たとえ建前だとしても)それを支援するための奨学金があるというのはいいことだと思った。
最近のこと(博論進捗状況、IMS2022への参加、英語のこと、ジャズのこと)
はやくもイギリスでの博士の一年目が終わろうとしている。はやい。前回の更新からも時間が経ってしまった。時間が経ちすぎて文体が変わった。「ですます調」で書いていたことを忘れてしまった(後から気づいた。また戻すかもしれない。)
研究についていえば、最近はアップグレードに向けての準備に注力している。
「アップグレード」とは、イギリスの博士課程で博士論文提出のための必要な一種の試験のようなものである。試験といってもアメリカのQualifying Examのようにテストを受けるのではない。どちらかというと日本の中間報告に近いかもしれない。大学によって要求されるものは異なるが、自分の場合は、研究計画、先行文献レビュー、事例研究一章の三点の提出+面接が求められる。
今は事例研究の章を書いている。事例研究、と言っても一次文献を扱える能力を示すことが主目的なので、論理的な議論に基づいた何らかの主張を行う必要はない。今回の章では日本の事例を扱うので、日本語を適切に読み・英語で正確に表現することを示せれば良いと考えている。
今日はそれについて指導教官との面接に行った。
特に印象に残っているのは、分析結果を文章でどう表現するか?ということを質問したときのことだ。具体的には、ストーリーとして提示するか、あるいは一種の一覧表のような形で表現するか悩んでいた。それに対し、指導教官の答えは、博論の執筆自体が一種の実験の場であるから、書きながら、自分のベストと思う方法を選択すべしというものだった。人によって無責任ともとるかもしれないが、実際、どちらの方法論にも長短あり、また、それ以外の方法も考えられうる現状としては納得の答えだった。博論の章構成についても相談したが、同じような回答であった。ただ、これについては現在の段階では最も「ロジカル」と思える構成にするように勧められた。
そのほかについて、近々する予定のインタビューの質問について相談した。面白いなと思ったのは、「あなたにとって何が一番関心があることですか?」と必ず聞くように勧められたことだ。当たり前すぎて忘れがちな視点だと思った。
執筆以外に研究に関連するもので言うと、先月はギリシャに行き、国際音楽学学会に参加してきた。参加といっても、発表はせず、発表を聞くだけのために。それだけのために参加費+旅費に10万近く費やすのは馬鹿げているという人もいるだろうが、5年に1回の開催で、自分の専攻分野、かつ、会場が(日本からよりは)近いということで参加した。
聞いた発表の一つ一つに思うことはあるけれど、本人が読まないここに書いても無意味なので書かない。
ただひとつ感想として印象論を書くと、「西洋音楽」の音楽学のアプローチは、民族音楽学とポピュラー音楽学がメインの自分には、少し相いれないように思えた。特に、作曲家が生きている場合でも、作曲家本人に話を聞いたりしない点で。もちろんあえてそうしない理由も想像できる。例えば、作品を作曲家の創造物とみなすことに対する拒否反応とか、批評家的距離感の重要性だとか。でもやはり自分としては作品の作り手の見る世界に関心がある。多分、音楽家になりたかったけど諦めて音楽学の勉強を始めたことにも関係があるのだろう。とにかくこの経験を通じて、そういう「当事者」たちのナラティブをできるだけ意識的に組み込むように努力しようと決意したのだった。
といっても西洋音楽的な批評方法論(?)が嫌いとかではなく、最近はシェーンベルクのエッセイを読んだりしている。大変面白い。
もう一つ、思ったことは英語に関することだ。
さすがにイギリスにもう一年半近く住んでいるし、面談も毎回こなしているので、まあまあ必要な英語力はあると思っていた。
しかし、学会で質問をしてみて気づいた。
通じない。聞き返される。正確な意図が伝わらない。
今回は質問をした相手の発表者たちはみな優しく、発表後に話をさせてもらう機会が得られたが、現実を知れてよい経験だった。
研究以外のこととしては最近はジャズのことを考えている。
ロンドンのジャズシーンを知るためにセッションに行かなくては!と思い立ってリハビリを開始してから1年が経った。
もう15年近く弾いているのにいまだに「ジャズっぽく」アドリブを弾けないと悩んでいたが、結局、根本的な問題は特定のスタイルを何も習得していないということだと今更気づいた。ので最近は特定のスタイルに対象を絞ってひたすらコピーばかりしている(ソニー・クラーク、フィニアス・ニューボーンJr.、大西順子あたり)。ただ、興味が移りすぎて、すぐに違うスタイルのピアニストを勉強したくなるので難しい。キース・ジャレットとか。また、結局のところ、好きな様々なスタイルの中からどれを自分のスタイルとして選んでいくかというずっと先の問題についてまで、無駄に悩んだりしている。ただ採譜してみて、印象論で理解していた部分が、実際のフレーズとして理解されるのは面白い。
強制隔離で必要なものリスト(日本帰国用メモ)
今回、一時帰国での6日間の強制隔離で必要だった/あってよかったと思ったアイテムをリストアップします。
事前に情報収集をする中で特に懸念していたのは以下の点、
・洗濯機の使用可否
・インターネット環境
・アメニティの有無
また、デリバリーの制限(自分の場合は到着の翌日受け取り)のため、その場で対応するのも難しいので準備が必要と考えました。
事前に対策することである程度、快適な環境を整えることができました(今回割り当てられた施設がかなり設備が整った場所であったこともありますが)。
また状況が変わると思うのですが、参考までに記録に残しておきます。
なお、これを書いているのは身の回りに無頓着なインドア大学院生(男)という点をご注意下さい。
必需品
・日用品(歯ブラシ・歯磨き粉、ひげそり、洗顔、化粧品、場合によってはシャンプーなど)
… ホテルだったので一応は備え付けあり。が、どれも使い捨ての質が悪いものなので、長期間の滞在には向かない。施設によってはシャンプーがない場合(固形石鹸だけの支給)もあり。
・洗濯洗剤
…部屋干し可の液体洗剤を持参。ランドリーが使用可能であっても予約が取りづらかったり、そもそもランドリーがない場合もある。湯舟を使ってつけ置きで洗った。面倒ではあるけれど、体を動かす機会がないので、いい運動になる。あと加湿になる。
・ハンガー
…洗濯物を干す用。
・LANケーブル
…WiFiが弱い場合があるらしいので、有線接続用。ただし、今回は備え付けがあった。(部屋にインターネット環境がなく容量制限ありのポケットWiFiで対応される場合もあるらしいけれど、その場合どうしようもない。でもこれは今だけの対応と信じたい)
・タオル
…今回は備え付けがあったので使わなかった。
…同上。
準必需品
・間食
…食事は人によっては少ないと思う。あと配食が遅れること多々あった。
・お茶や粉スープ
…冷えたお弁当だけでは結構つらいと思う。というのも毎回冷たいと想像以上に胃に負担がかかる。ちなみに弁当冷たい問題は、部屋にしばらく弁当を放置するだけでだいぶマシになる。もっと温めたいときはケトルの蒸気で。
・サブスク動画や音楽のダウンロード
…インターネット環境によって必要になるかも
・マグカップ
…部屋には紙コップしかなかった。
・食器用洗剤とスポンジ
…マグカップ用
・浴室掃除用のスポンジ
もしかしたら必要?
・ビタミン剤
…部屋によっては日光が十分ではないのでビタミンDや、野菜が少ない場合もあるのでサプリがあるといいかも。短期間なので効果があるかはわからない。(それにしても日光が一切入らない部屋はひどいと思う。)
・胃薬など
…施設によっては揚げ物、油ものばかりのこともあるらしい。あと時差や疲れで胃が不安定になった。
・スキンケア用品
…部屋の乾燥と、おそらく時差による自律神経の乱れでニキビがたくさんできた。
・スリッパ